あまりにも不思議なお話しなので、おとぎ話と思って読んでくださいね。
「知らぬが仏」
陳列ケースの中の重要文化財から声が聞こえました。
耳から入る肉声ではなくて、頭の中に聞こえる声。
「知らぬが仏?え?今、布から聞こえた?」
数名の来館者がいる静かな館内で、私だけが人知れず慌て戸惑っていたはずです。
確かに聞こえたその声をなぜか私は疑わずに信じることにしました。 受付で借りた筆記具を取り出し、「布を傾聴するなんて、私、頭どうかしちゃったのかしら?」と思いながらも、真意が知りたくて布に意識を集中させました。
「知らぬが仏とは?」
その布は、私には知るべきことがたくさんあると教えてくれました。 だから、知らなくていいはずがないということのようです。「知らぬが仏」をかなりシニカルに使ったわけですね!そして、私が思い出すことがあるらしいとも教えてくれました。どうやら今日は私が何かを思い出すためのウェイクアップコールらしいのです。予測不可能すぎる展開です。
「次に行ってよし。がんばれよ」
布にお許しをもらい、なぜか励まされて次の展示へ。(笑)
でも、どうやらすべての布が話しかけてくるわけではないようです。
この日、私がメモをとったのは8つの展示品からの声でした。
だんだんこのおかしな状況を楽しみ始めている自分がいます。
次の布は裂を集めたスクラップブックでした。
「私たちをなめるんじゃないわよ」
「え!?」
突然の強気な発言にまたまたビックリ仰天の私。
もしかしたら、「昔の人は何を思って、こんなにたくさんの切れ端を貼ったのだろう」とほんの少しでも頭をかすめた(失礼な)言葉が漏れていたのかもしれません。
このスクラップブックの言葉は一部抜粋したいと思います。
「私たちは宇宙の一部。そして、大宇宙そのもの。私たちに触れることで、人間の叡智に触れ、遠いワンネスの記憶を取り戻そうとした人たちがいた。だから、私たちの声が聞こえる人たちを大事に扱った。私たちが伝えていたのは、宇宙の決まりごと。万物が流転するということ。常に変化するということ。そして、拡大し、拡大し続けるということ。
欲もそうね。欲はそう悪いものじゃない。欲を知り、欲を見つめた者は欲に溺れはしない。謙虚に生きる。私たちはいつでも語りかけてきた。…」
私の作り話にしては規模が大きくて説得力もあります。 やっぱり、私には布の声が聞こえているのかもしれない。認めた方が良さそうです。
「私たちの呼び声に応えなさい。…あなたは織るの。織ればわかる。あなたの道が。さあ、次に行ってよし」
再びお許しを受け、先に進むことに。
そこからは「私はあなたを知っている」という布やら「久しぶり!」という布やら、いろいろお出ましになりまして、、、、途中にあるベンチに腰を下ろして、混乱した頭を休める時間が必要でした。(笑)
ある布は私にこう語ってくれました。
「新たな布を生み出すことがあなたの使命」
《使命》とはずいぶん大きな言葉です。
でも、その言葉に呼応するように、私の中に漠然とあったいろいろな思いが形を表してくるような気もします。
別の布はいかに布が素晴らしいかを教えてくれました。
「布は最高よ。私たちは最高なの。
大切なものをくるむ。また開けるときの喜び。
紙よりも柔らかく人の手に触れる。
いろいろな記憶をよみがえさせるスイッチ。
布が立体になるのも面白いでしょう。
私たちはどんなものにも形を変えられる。寄り添えるのよ。
布が寄り添う力を忘れてほしくないわ。私たちはパワフル。
祈りもあれば、魔力を封じ込めることもできる」
「なるほど。確かに」
ふむふむとうなずきながら早口な布の言葉をメモしていきました。
最後から2番目に声を掛けてくれた布からは布の観賞の仕方を教わりました。
「私たち布のひだをみなさい。そこにできる陰影を見なさい。ひもの役割もわかるでしょう」
そして、相変わらず《使命》という言葉を使いたがるのです。
「布の声を聞き、表現をするのよ。布の可能性を存分に引き出すの。それがあなたの使命」
抽象的ではあるけれど、とても力強い言葉に背中を押されるように、
「どうやって?」と聞いてみると、
「どうやって?さぁ、そこまでは分からない。次に行けば分かるわよ。バイバイ」
ですって。なんて無責任な。(苦笑)
希望を胸に次の声を待ちながら進んでいると、語り始めた布がいました。
「言いたいことはない」
これ以上に期待はずれな答えがあるでしょうか。
でも、まだ言いたいことはあるようです。
「おもいっきりやれ。まだ早い。まだ外れていないものがある。外れたらまた会おう。その時まで、さらばじゃ」
「さらばじゃ」って、、、(苦笑)
でも、よくわかりました。
使命を知り、使命に生きるまでには、まだ取り除くべきブロックがあるということ。
結局、私には謎解きの課題が与えられただけでしたが、いままでに感じていた自分と手織りの深い縁はそう的外れではなかったのかもしれません。
布から「織りなさい」と言われたものの、どうやってまた織れるようになるというのでしょうか。手織り機もスペースもない現状です。その時は、皆目見当もつきませんでした。
五島美術館
〒158-0093 東京都世田谷区上野毛3丁目9−25
「特別展 古裂賞玩―舶来染織がつむぐ物語」
公開中(2024年12月1日まで) 江戸時代に作られた美麗な舶来織物を集めた大名家の「裂手鑑」をはじめ、名物茶入と「仕覆」、「名物裂」で表装された唐物絵画、豪商の「裂箪笥」、茶道具に付属する「古渡り更紗」などを展観(会期中一部展示替あり)。世界に例を見ない日本の古裂鑑賞の文化とそれを創り出した舶来染織の影響を紹介します。(HPより抜粋)
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